神楽坂建築塾 第九期 修了制作

「住み継ぐ」もう一つの観点から

 堀沢 美由紀

1 年間建築塾の講座を通して、日本の風景のあるいは建物の現状を芳しく思っていない人が少なくないことを心強く思った。と同時に現状を変えていくのは並大抵のことではないことを思い知らされた。
「古いものを大事に」と思っても維持費には多額の資金がかかる。意に反して建て替え・住み替えを余儀なくされている人たちも多いだろう。反面、住宅とは“買う”もの、新しいのが当然と思っている人が大半占めているのも事実である。
実際身近なところではどうなのか、自分の周囲の様子を探ってみることにした。
こと生活・住居に関しては、内容がプライベートになりがちなので、経済的要素までは踏みこめなかったが、脚色のない資料が作成できた。サンプルは自分の友人と母の友人から何名かを選んだ。
一覧表は別紙『建築塾資料-1』のとおり。すべて女性を軸として記載している。いくつかの傾向を下記に挙げてみた。

『建築塾資料-1』

事例
年齢
家族構成()は単身赴任・独立
仕事
住居地
持ち家・借家
住居に関するコメント
築年数
親の住居
備考
A
48
"夫、長男"
有り(大学院研究室助手)
東京都
持ち家
夫の父母の敷地内に新築
5
マンションに父母と姉

B
48
"夫、長女"
有り(建築士)
東京都
持ち家
実家の建て替え
7
二世帯住宅で母と同居

C
48
"夫、長男"
有り(デザイナー)
東京都
借家(マンション)

公共賃貸住宅に父母

D
47
"夫、長男"
有り(銀行業務)
東京都
持ち家
実家の建て替え

敷地内の別棟に母

E
48
"夫、長男、長女"
有り(教職)
神奈川県
持ち家

F
48
"夫、長男、次男、三男"
有り(プランナー)
東京都
持ち家
"子供の進学に備え、都内に新居"
2

G
48
"(夫)、(長女)、次女、三女"
有り(児童館職員)
神奈川県
持ち家(マンション)

15
両親とも他界。夫方の母は夫兄家族と住む

H
46
(夫)
有り
神奈川県
持ち家(マンション)
夫の赴任先(駒ヶ根)に土地購入。近く家を建てる予定
20
母は実家

I
47
単身
有り
大阪府
借家(マンション)

両親は実家

J
46
単身
有り(新聞社)
東京都
借家(マンション)

4
母と弟は実家

K
46
"夫、長女、次女、"
無し
神奈川県
持ち家

両親は実家

L
44
無し
静岡県
持ち家
親の土地を分けてもらい新築
3
両親は姉家族と実家

M
46
"夫、長男"
無し
愛知県
借家(転勤赴任)
狛江市に持ち家(マンション)あり

父は実家

N
42
有り(新聞記者)
東京都
持ち家

O
44
父母
有り
神奈川県
持ち家
最近父が見つけた土地に新築で建てる
2

P
47
単身
有り(出版社)
東京都
持ち家(マンション)
自分で購入
15
母は弟家族と同居
弟は都内に勤務だが経済面で茨城の母宅に同居
Q
42
"夫、長男、長女"
無し
長野県
持ち家
Iターンで住み始める

父母は定年後に故郷福島で暮らす

R
44
単身
有り(劇団員)
東京都
借家(アパート)

両親は実家

S
45
"夫、長女"
有り(プログラマー)
千葉県
借家(マンション)

父は実家

T
46
単身
有り(証券会社)
東京都
持ち家(マンション)
自分で購入

両親は実家

U
48
有り(PCオペレーター)
神奈川県
借家(アパート)

40
母は実家

V
79
無し
長野県
持ち家
増改築
120

息子は他界。嫁と孫は家を出たため継ぐ人がいない
W
75
"(長女)、(次女)"
有り(社会保険労務士)
神奈川県
持ち家

28

X
75
"長男、(長女)"
無し
長野県
持ち家
夫の生家

"息子は不慮の事故で身体に障害を負ったため、家を改造して面倒を見る"
Y
76
"夫、(長男)、次男"
無し
東京都
持ち家(マンション)

12

"夫の両親他界後、夫実家は売却"
Z
74
"夫、(長女)、(次女)"
無し
京都府
持ち家
夫の出身地(京都)近くに購入

"長女が一時夫の生家に住むが、嫁いだため空き家状態"

母の世代の事例

例1)
母の実家(長野県小県郡)周辺の住み替え例として、前の家はそのまま残して同じ敷地内に(たとえば畑をつぶして)、新たに家を建てるという場合もよくある。しかし古い家は残っていても活用しているとは言いがたい。

<参考>1990 年くらいまで冠婚葬祭(特に葬儀)は家で執り行なっていた。忌中の家族は葬儀に参列するのみで、宴の準備・片付けのすべてを近所の主婦が数名で、そのうちの台所を使って賄った。宴はたいがいどこの家にもあった茶の間・客間を2 間続けて使い広い卓を設けて催された。習慣はだんだん廃れ、今は葬儀ホールを借りて行うのが一般的となっている。「家」そのものが冠婚葬祭には使われなくなってきている。

例2)
都会に移り住み、ある程度年月が経ってから故郷の親を呼び寄せ同居という事例も多い。親が元々その土地の人間でなく、転勤や異動などで借家住まいだった場合は、比較的気軽に引き払うことができる。反面、先祖代々の土地や墓がある人はその処分が必要だが、処分の煩雑さゆえ朽ち果てたままにしている場合も見受けられる。

例3)
夫の両親の死後、生家に子供が厭わず住み始めたものの、その後嫁いでしまって空き家となり放置されているケースがある。自分たちが古い生家にすむのはイヤだが、かといってゆくゆくの財産分与のために売るのは忍びない。処理に困ったまま放置している。

例4)
長男が病死、嫁と孫が出て行ったため、将来家を継ぐものがいないなど、予期せぬ出来事によるケース。

自分の世代の事例

例1)
自分の親、あるいは配偶者の親が土地を持っている場合、その敷地内に建てたり、元の家を建て替えたりする例が多い。土地があるので都会でもそれほど資金がかからない。しかし、古い家を修繕して住むという考えはあまりない模様。「自分でプランした家に住みたい」「新しい家がいい」のが主な理由。

例2)
親が借家や社宅住まいだった場合は、「継ぐ家」のことで無用な心配がいらない。

例3)
年齢的にみても借家住まいより持ち家の人が多くなっているが、中には転勤でせっかく買った家を貸している人もいる。

例4)
独身で両親と同居という人がいる一方、自分で家を購入して独立している人もいる。 

分析

こうしてみてみると、「住み継ぐ」ことに対して強い意識をもっている人は、私の周りには少ないようだ。手入れの煩雑さがありそのままにしてしまう、あるいは気軽に新しく“建てて”リセットするのがいいという人がほとんどである。

あこがれや理想を含めれば、ほとんどの人が住まいに多少なりとも興味を持っているだろう。しかし、それは個々の好みの“部屋”だったり“建物”であって、地域の風景、集落の単位、村や町の構成要素として意識する人は少ない。

建築雑誌に載っているモダンな部屋を憧れの眼差しで見るも、その窓からうかがえる風景が(たとえば敷地いっぱいにギリギリに建てられた新築住宅で)現実的で興ざめすることがある。そう感じるのは自分だけではないだろう。しかし、ほとんどの人がそうした風景を“仕方ない”と思っている。

戦後日本の住宅政策がとってきたアメリカ式の「持ち家主義」はすっかり定着したものの、中古住宅市場が充実しなかった日本では、ある一定期間が過ぎれば建て直してしまう。たとえ最初は町並みを重視した分譲地として開発されていても、15 年後20 年後にそれぞれ勝手に建て替えれば、町並みの統一性も崩れていく。

もともと日本人は“住まい”に関して意識が低いのか。教育の場で“住まい”を勉強する時間が無いからなのか。(戦前の日本の風景がきれいだったと言われるが、それは質の低い住宅であっても資材の“色”や“形”が限られていたため、全体的に見てちぐはぐな印象が今ほどしなかったからではないだろうか。写真集を見てそう思った)

この土壌で、家を、風景を美しいものに変えていくとしたら、何が必要なのだろうか。

結論あるいはさらなる模索

すでに都心周辺でも、親世代が子供の独立後もそのまま広い家に住み、部屋を余らせている現象が生まれている(子世代が親と同居をしないのは、良くも悪くも「お互い距離を置いてスムーズに付き合う」ようにしているからだろう)。

また単身や夫婦のみの家族も珍しくない昨今、家族以外の単位での同居も少しずつ現れている。従来の家族形態が崩れつつある今、家を家族で住み継いでいく必要もなくなってきている。

ライフサイクルに合わせて住居を増改築するのではなく、居住者が家を住み替える方がよりスムーズに、また、家族単位にこだわらずに住み継ぐことができるだろう。

「住みかえ支援機構」なるものも出てきているが、まだまだ仕組みが不十分だったり、その内容が世間に知れてなかったりしている。

この先、美しい“人の住む風景”を作り出していくには抜本的な改革、「住み替え」が得となるような仕組みが必須だろう。それは“持ち家”の定着に「住宅金融公庫」が大きな役割を果たしたのと同じように、何か具体的なものでなくてはならない。

2008 年3 月8 日