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神楽坂建築塾 第九期 修了制作 |
空間恐怖ーその紹介と提言 |
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〜精神症状を手掛かりに空間の快適性をさぐる〜 |
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三宅 永 |
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A4論文/16ページ |
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文中*(1)〜*(8)は参考文献 |
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1.はじめに |
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「空間恐怖(agoraphobia、広場恐怖とも訳す)」(注)については、Westphal.C.による報告(1871-2)以来、多くの議論がなされている*(1)。各研究者により、この言葉の意味するところは多少異なっていたが、現在では、いわゆる「閉所恐怖」とほぼ類似した意味で用いられている*(2)。つまり、「何かあったときに、それから逃れられない状況、あるいは、助けを求められない状況、への恐れ、および、そういった場所への回避」で特徴付けられる症状である。 「閉所恐怖」と呼ばれていた時代には、なぜこの症状が起こるか不明だったが、現在では、「パニック障害」という疾患で出現する症状の1つと理解されている。パニック障害は生涯有病率(一般人口の中で、一生の間にその病気にかかる人の割合)が1〜3%と言われ、さらに、パニック障害のうち70%の方が空間恐怖を併せ持つ*(3)。つまり、空間恐怖はけしてまれにみられる症状ではない。 そのため、建築関係者の方々に、空間恐怖を持つ方が建築空間に対してどういう感覚をいだくか、を紹介することには、意味があることと思われる。 本論では、実施したアンケートを元に、空間恐怖の方が苦手とする空間と、好む空間とを明らかにしたい。なお、空間恐怖を持つ方は増加しているが、この現象に対して、筆者は、「現代の建築空間における閉鎖空間の増加が関係しているのではないか」という仮説をたてた。それを検証するのは困難ではあるが、空間恐怖の方自身が、それについてどう考えているのか、も調査する。 さて、ここで、空間恐怖の根底にある「パニック障害」と、空間恐怖の前提となる「パニック発作」とについて簡単に説明する。 「パニック障害」は、脳に何らかの失調が起きている疾患である*(4)。完全に原因が解明されているわけではないが、脳内の神経伝達物質の一つであるセロトニンが関与していることは分かっている。さらに、1つの仮説として、「脳内の、窒息に関するセンサーが失調している」というものがある。つまり、実際には酸素が十分にあり、窒息状況ではないのに、あたかも窒息しているような錯覚が生じてしまう、というメカニズムが想定されているのだ。 次に「パニック発作」とは、パニック障害にかかったとき最初に起きる症状である。きっかけもなく、身体的に何の異常もないのに、突然、息苦しさや動悸、「倒れそう、死にそう、あるいは発狂しそう」という恐怖感が出現する。この発作が出現すると、無意識に「その場から逃げ出したい」「その場から外に出たい」という感覚が生じる。普通の「不安」や「不調」であれば、人は、「その場にうずくまる」、「その場で人に助けを求める」といった行動をとることが普通である。しかしパニック発作では、なぜか、「その場に、いられない」という感覚が生じてしまう。この感覚は、窒息状態にある方とよく似ていて、そのため上記の「窒息感知センサーの失調」仮説が提唱されているわけである。 さて、この発作が起きた時の「外に出たい」感覚が満たされないと(例えば、ドアが開かない走行中の電車、容易に外に出られない窓のない部屋などであった場合)、不安は非常に高まり、その後、そういった空間を恐れ、避けるようになってしまう。さらに、そういった恐怖を覚える空間に入ると、実際にパニック発作がおきてしまうようになる。これが、空間恐怖が生じる原因と言われている。 以上をまとめると、下図のようになる。 |
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さて、以下の論述の中で、筆者は、まずは空間恐怖の紹介につとめたい。 ただ、筆者の漠然としたアィディアとしては、こういった精神症状を持つ方に対して意識し、配慮することは、一般の健康な方にとっても快適な空間をつくる、ということのヒントになりえないかと考えている。 すでに、身体的ハンディキャップを持った方に対する空間作りといった面では、配慮や工夫がなされ、それが健康的な方にとっても良い効果をもたらしていると思う。そういった動きを拡大して、精神的なハンディキャップを持つ方に対しても、同様な配慮、工夫がなされてもいいのではないだろうか? そういった提案について最後に述べたい。 なお、前述のように、空間恐怖を症状として持つ方は、医学的には「『空間恐怖を伴うパニック障害』の患者」と呼ばれるが、本論では煩雑さをさけるために、単に「空間恐怖の方」と呼ぶこととする。 |
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■対象と方法 |
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筆者の勤務するクリニックの、空間恐怖を持つ方30例(男12例 女18例、年齢27歳〜58歳 平均38.0歳)に下記のアンケートを施行した。 1:あなたが苦手な場所はどういうところですか? いくつでもいいので丸をつけてください。 |
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(1) 普通の電車の中 |
(2) 地下鉄の中 |
(3) 新幹線の中 |
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(4) 車の中 |
(5)飛行機の中 |
(6)エレベーターの中 |
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(7)せまい部屋 |
(8)窓の無い部屋 |
(9)高層ビルの上層階の部屋 |
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(10)地下にある部屋 |
(11)映画館 |
(12)蒸し暑い部屋 |
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(13)美容院や歯医者などのイスから動けない場所 |
(14)窓はあるけれど、それを開けられない部屋や電車 |
(15)並んだ列の中 |
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(16)真っ暗な場所 |
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2:もし建築家など、環境をデザインする方に注文することができるとしたら、どういったことをお願いしますか。 |
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3: ある環境を苦手とする方は、最近増加していると言われています。その原因は何だと思われますか? 1つに丸をつけてください。 (1) 労働条件などの変化によるストレスの増加 (2)生活環境の変化による密閉空間の増加 (3)よくわからない。 |
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■結果および考察 |
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1.空間恐怖の方が苦手とする場所についてまず、アンケート1.の結果は下図のようにまとめられた。 |
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やはり、飛行機、地下鉄、新幹線、電車などの交通機関が目立つ。これは、せまく、たいてい人が密集している空間で、なおかつ物理的に脱出不可能の空間である。これは相当に空間恐怖の方にとって恐怖感を起こすものであろう。 その次に、建築空間に関する回避が目立つ。窓のない部屋、窓が開けられない部屋、地下室などがあがっている。これらの空間は、そもそも閉そく感をもたらす空間であるが、なおかつ、その空間から外に出ることは、困難である。 なお、ここで「窓が開けられない部屋」と1項目をたてたのには意味がある。空間恐怖の方には、同じ大きさの窓があっても、それが、開くか開かないかでは大きな違いがあるらしいのだ。ある空間恐怖の方は地下鉄の窓に関して、「車両の型によって、同じ大きさの窓なのに、開くものと、開かないものがある。自分は、その窓が開かないとわかったとたんに、もう不安になり、どきどきしはじめる」と述べた。つまり、おそらく、そこを通る確率がほとんど0に等しいのにもかかわらず、いざというときの避難路が確保されているのと、いないのでは、それだけで症状に差が出るのだ。これなどは心理的に脱出不可能を予想させる要因、と呼べると思われる。 さて美容院や歯医者のイス、という項目は、一見すると奇妙に感じられると思う。同じ空間内で、たとえば歯医者のイスに上がる前と後とで、閉そく感に違いがあるはずはない。しかし、これらの状況は、空間恐怖の方が苦手とするものとしていつも上位にあげられる。空間としては同質でも、イスの上にあがり、治療が始まってしまえば、その場所から離れることは状況的に困難に感じられる。まったく同じ意味合いで、美容院のイスに座ることは嫌われる。空間恐怖を持つ女性で、美容院に行けなくて困っているという方は多い。 同様な意味で、映画館もまた空間恐怖の方が嫌う空間として有名である。 映画館、劇場などでは、席に座った際には、自由に外に出ることには制限が加えられる。出ることが不可能ではないが、通路に出るまでには、迷惑そうな他人の視線に耐えて、その前をすり抜けていかなければならない。特に演目が始まってしまえば、自由に外に出ることはよけい困難になる。つまり状況的に「逃げ出せない」わけである そればかりでなく、演目がはじまると明かりが消され、暗闇となる。暗闇は空間恐怖の方が恐れるもののひとつである。暗闇は誰にとっても不安感をもたらすものであるが、空間恐怖の方は、「暗闇につつまれると、息もつまるように感じる」と訴えることがある。そのメカニズムは不明であるが、暗さ、もまたパニック発作と関係しているのかもしれない。 同様に、蒸し暑い部屋も、直接、空間恐怖の方に嫌悪感をもたらすようである。これは従来の報告にもみられ、そもそも、パニック障害の発病も、蒸し暑い季節(梅雨時)に増加することが知られている。空間恐怖の方は、よく「せめて風があると救われる気がするが、それもないと息が止まりそうなほど苦しくなる」と語られる。 |
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以上の結果を元に、またその他の空間恐怖の方の発言も加味してまとめると、下記のようになる。 まとめ1. (1) 暗く、蒸し暑く、通風の悪い場所 (2) 物理的、状況的、心理的に、逃げ出せない場所、とまとめられる。 この2つの分類のうち、(1)はおそらく「生理的に、パニック発作を起こしやすくする場所」と理解でき、(2)は「パニック発作が起きたときに、その場所から逃げられない場所」と理解することができる。
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