神楽坂建築塾 第九期 修了制作

空間恐怖ーその紹介と提言

〜精神症状を手掛かりに空間の快適性をさぐる〜

 三宅 永

1.はじめに

2.空間恐怖の方が望む空間について 

3.空間恐怖が増えていることの原因について

4.現代において可能な、空間恐怖の方にとって快適な空間とは?

5.精神疾患の方の感覚に配慮することによって得られるもの

A4論文/16ページ

2.空間恐怖の方が望む空間について 

 さて、次にアンケート2.の結果を、簡単に抜き書きしてみる。

【事例1】「(1)空気の通りの良い部屋、(2)窓を大きくしてほしい、(3)空間を広くとる。明るい部屋」

【事例2】「自由に開くドアや窓がほしい」

【事例3】「公共の場では導線が一方方向でなく、出入り口、抜け道などが別々の方がいい」

【事例4】「吹き抜け、大きな窓(開閉自由な)、大きな扉がほしい」

【事例5】「外がよく見える窓のある部屋がいい。非常口はわかりやすく表示してほしい」

【事例6】「天井は高いほうがいい」

【事例7】「出入り口を多く作る」

【事例8】「開放感のある、日差しがよく、明るい部屋」

【事例9】「緑など木や花のある空間を求めます。特に緑の葉をもった木に癒しを感じます。広い空間を持ったリビングもほしい」

【事例10】「緑がたくさんある庭に、池や小道をつくってもらいたい。家の中はふきぬけで(メゾネットみたいな感じ)、より広く感じるように設計してもらいたい、窓を大きくとって、光がたくさん入るように、自然を家の中にいても感じられるようにしてほしい」

 といった記述がみられた。やはり、閉鎖的な空間を避け、開放的な空間を求めたい、とる要望が多い。しかし、「開放的な」と一言でいっても、空間恐怖の場合、そこに微妙なニュアンスが含まれるようである。ただ広いというだけでは空間恐怖の方にとって快適な空間とならない。アンケートの記載にも「広い空間を持ったリビング」といった単純に広い空間を求めるものもあるが、上記の、特に事例1〜7にみられるような独特な意味合いをもつものもある。そこでは、ただ広いだけではなく、やはり「何かあったときに、外の空間に自由に出られる」ことが大切だということがうかがわれる。

 他の回答についても、ある程度、空間恐怖の特徴から説明しうると思われる。「人との距離がとれる」ことへの要望もみられたが、これは前述のごとく、「何かあったときに人に気兼ねなく外に逃げ出せる」ことへの欲求の現れととることもできるし、また空間恐怖を持つ方の「暑苦しさへの忌避感」から説明できる。

同様なニュアンスで「シンプルな空間にしてほしい」という要望も説明できるかもしれない。どうも空間恐怖の方にとっては、装飾過剰な空間は苦手なようである。1例だけであるが、「曲線があると不安を感じるので、壁が曲がってカーブを描いているようなデザイン重視なものは遠慮したい」という回答があった。

さて、最後に、回答の中で、特に具体的な要望が書かれ、興味深い事例があったので、詳述したい。  


【事例11】「マンションのキッチンに窓をつけてほしい」と訴えた主婦

・58歳、女性

・自宅に空間恐怖を感じる珍しい事例

本来は、くつろげて、なおかつ自由に行動しうる自宅では空間恐怖はまれ。

・アンケートの記載は「キッチンはできるだけ窓のあるようにしてほしい。マンションの窓なしのキッチンは狭い上に圧迫感があるから。対面式は良い」だった。間取りをたずねると、概ね右図のような間取りを描いた(右図自体は不動産屋のチラシから転用)。

多くのマンションにあるような間取りと思われるが、考えてみると、窓はなく狭い空間で、なおかつ、その中で煮炊きをするわけで、かなり蒸し暑い空間となるわけである。さらにいったん料理を始めたならば、そこから離れることは難しい。空間恐怖の方が苦手とする多くのファクターを兼ね備えていることになる。

 これだけ悪条件がそろっていれば、キッチンに対して空間恐怖が生じても当然と思われるが、考えてみると、この間取りは、従来のマンションでは一般的なものと思われる。ということは、医療施設に来るほどではない程度にせよ、こういったキッチンで苦しんでいる主婦は多いのではないだろうか。

 さて、こういった事例の個々の記載を、いくつかの類型にまとめ、グラフ化してみたのが下図である。

個々の項目に関しては、すでにある程度考察を加えたが、筆者が疑問を感じたのは、「植物を置く」ことへの要望の多さだった。この回答以外のものは、これまでの研究にも散見されていて、自然に感じられるものである。しかし、この「植物を置く」ことへの要望は従来の研究にはみられず、説明もしづらい。もちろん、あえて理屈をこじつけるとしたら、「二酸化炭素を取り入れて、酸素を排出するという植物の特性が、窒息状態に類似した病態を示す空間恐怖の方に好まれる」といった仮説をたてることは可能ではある。しかし、植物を置いただけでは実際の室内の酸素濃度は変わらないとする報告*(5)もあり、空間恐怖の方に良い効果があるかは疑問である。もしかしたら、この回答には、空間恐怖とは直接関係なく、一般的に人に快適さを与えるファクターが混入してしまっているかもしれない。この問題については、さらに調査、理論付けが必要と思われる。


さて、以上のことをまとめると、下記のようになった。

まとめ2.

空間恐怖の人のために、特に建築空間に求められることは

(1) 明るく、温度と湿度は低めで、通風が良いこと。

(2) 開放的な空間(ただ広いだけではなく、窓が開けられること、分かりやすい出入り口があること、なども大切)であること。

(3) (関連は不明だが)植物を多く置く。

 まとめ1.と照らし合わせると、(1)は「実際にパニック発作を起こさせないための空間をつくる工夫」とまとめられ、(2)は、「パニック発作が起きた時に、容易に逃げうる空間をつくる工夫」とまとめることができる。 (3)は、「空間恐怖に直接関係は無いかもしれないが、人に癒しを与え、根底にある不安・恐怖感を減らす工夫」となるのであろうか。


 さて、ここまでは、アンケートの結果をもとにして、理論的なことだけを述べてきたが、以上の結果を踏まえると、空間恐怖の方が好む空間の実際的な例としてはどんなものがあげられるのであろうか?

 筆者は、たとえば、先日訪れた「菅野の家」があてはまると思う。

           

〈写真1:菅野の家、西和室〉

〈写真2:西和室、中和室、縁側〉

この建築を、上記のまとめと照合すると、

1 明るさという意味では、万全ではないながらも、温度湿度ともに高くはなく、通風は最高と言える。この空間の中ではパニック発作は起きづらいと考えられる。

2 開放性という意味でも、ほぼ理想的である。障子や、何種類もの欄間などが、かなりのバリエーションを持って、あけたてが可能となっている(写真2)。

つまり、障子やふすまを閉めた状態でも、欄間からは空気の通りがあり、それは空間恐怖の方に、安心感を与えるだろう。安心感という意味では、出入り口が一つでないということも大きく安心感に寄与している。今回の改修のおかげで、西和室は中和室からも縁側からも廊下からも出入りできる非常に開放的な空間になっている。   

 写真3の縁側もまた、そこ自体が非常に開放的な心地よい空間であるが、またそれが、和室からの自由な避難路の役目もなしていると思われる。

3 これは、大きな要因ではないかもしれないが、通常、日本家屋の床の間には植物が置かれる。そのため、まとめ2.の(3)の植物を置く、ということにも合致している。     

床の間の植物のみでなく、古来、日本建築では、単に開放的ということに留まらず、住まい方自体が自然と一体化していることが好まれている。この「菅野の家」でも、大きく開かれた開口部の外には庭の自然が広がっており、あたかも、どこまでが内側でどこまでが外側か明瞭にはわからないようなつくりになっている。

 このことは人の心に大きな安心感をもたらしていると思う。

 

〈写真3:縁側〉

 さて、以上の理由で、菅野の家に代表される従来の日本家屋は、空間恐怖の人にとって好もしいものと考えられる。しかし残念なことに、その数は減少している。その代りに、閉じられたガラス窓や厚い壁で覆われた現代建築が急速に増加している。

 現代の建築の技術の進歩はめざましいが、その進歩とは、ある意味では、「本来、人が住むのには不自然な場所に、住むことを可能にしている」こととも言えるのではないだろうか? 地上からはるかに離れた上空や、地下の深いところに、閉じられたガラス窓や厚い壁で覆われた閉鎖的な空間をつくり、そこで多くの人が暮らすようになっている。

 これでは空間恐怖の方にとって苦手な空間が増加していく一方と言えるのではないだろうか。

back
next