神楽坂建築塾 第二期 第16回講義録テキスト
◎公開講座/討論◎伝統建築技術の継承をめぐって
安藤邦廣氏(筑波大学教授)×藤本昌也氏(建築家)×平良敬一塾長

第16回講座は公開講座として神楽坂で行われ、塾生・一般合わせて約80名が集まりました。

今回は「伝統建築技術の継承をめぐって」と題した鼎談で、平良塾長の司会により、「民家型構法」を実践する二人の建築家の作品を見ながら、構造、意匠、条件をめぐり活発な討論が続きました。また、会場からは工務店や材木屋さんも発言し、疲弊した林業の再興の課題、若い大工職人の育成の問題にも話題が及びました。


建てている時が一番美しい

 

平良 私は、日本の建築家同士が面と向かって議論をしない習慣があるように思う。今日のお二人は、そんなに主張が離れているわけではなく、伝統構法の継承という大きな流れの中にいらっしゃるのですけれど、その上で細かいところでの違いがあり、継承させ発展させていく上での将来の展望についても構想の違いがあるかもしれない。そんな議論の中で新しいイメージ、方法論、運動の進め方についても議論が交わされればいいなと思います。

 

安藤 民家型構法とは、「骨太の構造、継手・仕口を使い、耐久性が高い住まいを、国産材でつくっていこう」ということが柱になっていると思います。また水平の剛性を床で確保するということも民家型構法の特徴です。これは現在の日本の在来構法が失ってしまっているもののひとつでしょう。壁を、合板と断熱材でつくってしまうために耐久性がなくなっている。二階建てという経験は日本の民家の流れでは少ないのですが、民家型構法では、やはり床の面剛性をきっちり確保していく、ということにしています。

私は、現場でいつも感じているのは、建てている時が一番美しいということです。

つまり、ここが現代の住宅と違うところです。今の家は完成したときが一番美しい、あるいは竣工写真の時が美しい。でも、民家型構法・伝統構法には「ウソがない」んです。建てるときの材料・技量は、そのままでたいへん美しい。美しい、とは総合的にいろんな点が満足され調整されているということです。だから、私は何回やっても、建てている瞬間に勝るような仕上がりをつくりえたことはない、と感じるんです。

一階は四寸(120mm)角の柱と一寸(30mm)の厚板だけで構成され、二階の小屋組は丸太を使って大きい空間をつくります。昔の民家的なダイナミックな、野性的な空間ができます。このへんは私の独自なところかもしれません。藤本さんは平角を主に構成されているようですが。

板倉の家ですから柱の間に厚板を落とし込んでいくのが基本ですが、その板をそのまま見せるのは片面のみで、もう一方の片面は壁を塗って仕上げていく、というのが私のルールです。隣地と建て込んだところにある場合は、延焼のおそれのある部分に珪藻土を塗ります。あと、屋根の形で三角形になる破風の部分は板を落としにくいので塗り壁にしていますね。

二階の床を直張りにして、つまり四寸角を三尺もしくは二尺ピッチで配して厚板で剛性を確保するという「踏み天井」の手法も使います。床は下階の天井でもあります。これによって開口部があいて壁のバランスが多少崩れてもこのしっかりした床が力をうまく流してくれます。こうして低い天井をつくり、吹き抜けたところとの対比を考えてつくっております。

二階では小屋組の丸太がそのまま出てきますので、子どもたちは丸太に抱きついて猿になります(笑)。民家型構法の究極の姿は私は「森」だと思っています。その森の風景が家の中で再現されることが、私の設計の究極の目的です。二階の丸太の高さは低くて175センチ程度、建主の背に合せて低くつくります。二階部分は、屋根が勾配がついて昇っていますから、水平剛性はとりにくいですね。ですから必ず、丸太を十字に組んで大栓をぶち込む。ただし火打梁は入れない、ということで建築主事とケンカしながらやっています。

屋根は同じように厚板を張り上げます。二重の垂木にし、間に珪藻土を断熱のために入れています。材料は四〇年生位の杉丸太を使っています。平角の製材した部材で使うとどうしても八〇年生位の材になってしまう。するとコストが上がります。私は戦後生まれですし、まあ藤本さんは六〇歳位でしょうから六〇年生位を使われてもいいと思いますが(笑)、私は四〇年生くらいの木がちょうどいいかな、なんて思っています。

この家ではロフトに縁側を設けました。私は住宅では必ず縁側をつくります。民家の一番すばらしい空間は縁側だと思っていますから、現代的な縁側をつくりたいと思うんです。一階か二階かロフトかは、立地条件、家族構成に応じて考える。必ず陽が差し込んで、布団が干せて、寝転んだり風が通ったりひだまりができたりする空間をつくるんです。

 

平良 ありがとうございました。次いで藤本さんの写真を拝見して、お二人の違いが感覚的にも分ってくればと思いますのでよろしく。

 

環境と共生する建築をめざして

 

藤本 今日は「民家型構法」が共通の用語になっていますが、少し別な視点からその特徴を挙げてみます。第一には、田中文男さんとの話にも関わりますが、「骨太な骨格の部分・構造」と「自由に変えられる自由な内部の空間・内装」とを分ける、つまり「スケルトン―インフィル」の考え方があります。

第二には、ツーバイフォーは部材を五種類くらいに整理していますが、そうすることで大工さんの手間を非常に減らして生産性を上げている、そうした生産性の向上によって住み手に安く住宅を提供する、というシステム化の問題があります。具体的には、部材断面、仕口・継手の種類を整理する、そうしてシステム建築としての民家型構法を考える、ということです。

スケルトン―インフィル化された実例として長崎県小長井町営中尾住宅の写真です。十棟ですが、骨格はほぼ同じ三間×五間の空間、その中に二階には二本の柱しかない、だからいろんな仕切り方がある。住み手によって空間をつくれるよ、ということです。

一方、住宅は単体としてだけでなく、集団として環境と共生する建築、という視点が大切です。これが第三の特徴です。共通の素材を使うということもあります。地形に合った建築の形、地形を荒らさないということもあります。諌早けやき団地では、すぐ近くの山の木を切って乾燥させてつくりました。周辺の集落とも違和感のないものをつくりました。

地域住宅計画(HOPE計画)でつくった遠野市営鶯崎第6団地では、今の日本のハウスメーカーのバラバラな住宅景観に対するアンチテーゼと考えました。二軒の家が一つになった二戸一(にこいち)でつくり、あいだに広場を設けて、一定の構法を用いて、集まったときにできる空間が環境に与える影響はずいぶんちがうものになりました。

 

平良 お二人の仕事の違いがある程度わかってきたように思いますね。私自身、安藤さんの仕事に魅力を感じて、自宅をつくってもらったんです。安藤さんの住まいは、二階に天井がなく、小屋組が丸太でそのまま見えるということ、これはなかなかいいですね。

藤本さんについては、環境についての配慮、風景の中での特徴を強調されたと思います。内部空間を見ると壁の魅力もさることながら外に開いていく傾向が強い、ということが感じられましたね。似ているようでも、安藤さんのあの丸太を組むというやり方は藤本さんには現れてきませんね。安藤さんは民家の調査を続けてきた人で、その中で体験した民家の魅力に取り憑かれた人なんでしょうね。野性的な空間、というか。だけど藤本さんは1980年代に入ってから木造の領域に踏み込んだ人で、それまではコンクリートの集合住宅をつくってきたイメージが強かった。そういう仕事の流れの中からは安藤さん的な「丸太小屋」は出てこない。それには条件があるのでしょう、そのあたりを話していただきたい。その中で、民家型構法の可能性、また丸太小屋にする場合のコスト面での問題、これを集合住宅に適用するのは難しいように感じますが……。

 

藤本 丸太がイヤというわけではないです。ただ、木造の集合住宅をやるときには、丸太だと一つ一つ形状が違ってきますから一種類の図面ではできない。技術的にできないということが一番大きいです。また材料調達の問題もあります。ただ、どういう材料を使うかについては「今こういう木が安いから使え」という感じでいいようにも思うんです、また地場の木材を使うということも。施主の条件、地域の条件に柔軟に対応したらいいと思います。

 

大工と木の格闘が家をつくる

 

安藤 私が丸太を使う理由は二つあります。

ひとつは、実は丸太は材料の価格としては一番安いんです。加工していないわけですから。最後のコストは置いておきますが。私は立米(りゅうべい=立方メートル)単価七万円以上の木は使わないことにしているんです。平角材にするとどうしても立米十万円を超えますから使いたくない。全体のコストはハウスメーカーの「坪六十万円」というのを目標としています。同じ構造にしようとすると成(せい=部材の高さ方向の寸法)が尺(303mm)の平角材だとコストは倍になりました。今は少し安くなりましたが。よく使うのは末口φ8寸(約240mm)〜φ1尺の丸太ですが、これをもし製材して平角ものにするとしたら四寸(120mm)程度の材しか取れない、バタ角にしかならないようなものです。丸太は、銘木である必要がない、極端に言ったらなんでもいいんです。なんでもいいんだけれど丸太は一つずつ違う。

そこで第二の理由になりますが、丸太は全部表情が違う、ということに惹かれています。同じプランでつくっても丸太によって表情が違う。落とし板では比較的プレーンな、モダンな空間がつくられます。ぼくはそれだけでは満足できない、丸太を入れると「木」そのものがもっと出てくる、建築家の力を超えた力が出てくる、その「力」に委ねたい、と思う。図面通りに家ができることはない、いつも丸太が曲がっていて、足りなかったら束が立ったり、逆に削ったりして家は出来ていく。それは大工さんと木が闘った結果なんです。ぼくは大枠を決定したら大工と木に委ねるんです。それが民家だと思っています。だから曲がっているという丸太の属性が大事なんです。

あとコストについて言えば、大工さんの腕がある一定のレベルであれば、昔のようにひかりつけることはしないで、スパッと切ってしまいます。丸太の難しいのはとりあいです。壁との、柱同士の、梁同士の曲がった接合部です。そこは、ちょっと乱暴ですが、切り落としてしまいます。数寄屋の世界とは違いますから。ただそこには渡りアゴを設けますから強度上は問題ない、ただ見かけ上は「粗い」ですが。

 

平良 生産基盤、条件の違いが現われているのでしょうか。安藤さんの仕事をどう評価されていますか。

 

ハウスメーカーを選ぶ層をもターゲットに

 

藤本 あまり違いは感じないですね。個別な特殊解で解いていけば、実際はそうなる、という感じがします。私は、民家型構法というものを一人でも多くの人に知ってもらいたい、ハウスメーカーの家を買うような人に、そっちじゃなくてこっちだよ、と言わせたい。そのための生産の仕組み、という捉え方をしているんです。私にとっての民家型構法とは、「伝統的構法にある知恵」と「近代的生産システム」とを結婚させちゃおうということなんです。その中で丸太にするか、平角にするかという選択肢がある。民家が好きだという人だけでなく、もっと広い層に供給したいと思っています。

 

平良 藤本さんの民家型構法がでてきた背景にはツーバイフォーがありましたね。それに負けない構法を、という方向性があったのではないですか。在来構法というものが、伝統構法をグチャグチャにしちゃった、その在来ではツーバイフォーのシステムには対抗できなくなった、だから新しい意味で合理的システムを確立しなくちゃいけない、伝統構法を新しいシステムに組み替えなければならない、とういうプロセスだったんですよね。そういう伝統構法の復権、継承という大きな流れの上では、お二人は同じ同志なんじゃないですか。ちょっと流儀は違うけれど。

また、住宅から少し離れて、パブリックな建築を考えると、「大空間だからすぐに集成材」と違うシステムに飛んでしまう傾向があるけれど、どの程度まで伝統構法でできるか、その可能性を考えている。

 

安藤 私は、「大工さんの力が発揮される建築」をつくりたいといつも考えてる。藤本さんも同じでしょう。その時にいろんな戦略がある。藤本さんはどっちかというと正規軍を整えてやっている感じですが、ぼくはゲリラなんですよ。ゲリラは、突破口を開くために唐突なことをしたり、丸太を使ったり……。ハウスメーカーと正面切って闘っているという自覚がある。ハウスメーカーの「整った」景観の中に丸太が建つと異様ですし、景観を破壊しているかもしれない。ぼくに頼みに来るのは圧倒的少数派です。でも、そのゲリラ的な役割、ぼくの気持ちというものは、その後、施主が担っていってくれる、プロパガンダをしてくれると思っているんです。一戸であっても集合住宅に負けない影響力を持ちたいですね。

 

「木造で大空間」の可能性

 

平良 今あなたは「ゲリラ的だ」と言うけれど、個人レベルの思いを超えたモニュメンタルな建築をつくりうる要素になると思います。「ゲリラはいつまでもゲリラではない」かもしれない。またその表現意欲は「正規軍」の方にも伝わっていくのではないかな。

 

安藤 大空間ということでは、私も小学校をつくっています。そこでも「大工の力を発揮させる」ことに集中します。集成材を使うと、鉄骨を組む技術に近くなってしまって、大工は脇役になり、鳶と大企業が主役になる。すると大工技術が継承される機会が打撃を受けると思う。だから、ここはちょっと踏みとどまって、一定の大きさのものまでは丸太でやるべきだと思う。三〜四間(けん)までは丸太でできる。トラスを組めば十間(約18m)までいける。トラスも伝統構法に入ると思いますから。そこまでだったら伝統構法でできるということなんですね。日本の建築法規は変な法律が多いけれど、「1000F」というのは合理的な限界だと思います。300坪というのは大工さんができる限界。材をひっくり返して加工し、人力で腰を痛めずに持ち上げることができる限界は、45センチ幅、長さ8mの材くらいでした。建築家と大工さんが共同して、できるだけ集成材を使わずに新しい木造空間をつくる可能性を追求したい。でも誰も答えは持っていない。建築家もデザインの志向はあっても技術的に可能かがわからない、大工さんも技術はあってもデザイン的な要請がなければできない、その「出会い」が、公共建築にしか残されていない。大工技術が現代の中で変質し、ダイナミックに変わっていくチャンスなのでしょう。

 

地域性と文化の多様性

 

藤本 実は私は「正規軍」と「ゲリラ」との中間を行きたいと思っているんです。その中間域を成立させるのは「地域」だろうと思うんです。大地性の復権ということもある。具体的に何かが建つという時には、地域という特殊な条件が、或る「答え」を引きだしてくるんだと思うんです。建築家が無理につくるのではなくて、地域というものに依拠していけば、材の問題もそうだし、大工さんの力量でもそうだし、或る独特な解を生み出すだろう、と。一方でゲリラ的特殊解をつくり出し、他方で普遍的な解を求めていく、そして両者をアウフフェーベン(Aufheben=止揚)していくような、その元は「地域」なんだろう、という気がします。

オイルショックの直後、高度成長が終わり低成長になった、時代が変わったな、という1974年頃、西欧の合理主義、近代主義を超えなければならないという思いから、琵琶湖畔などの伝統的な集落を見て歩いた。本来の知恵、伝統的な知恵から謙虚に学びたかった。だから後に田中文男さんに会ったときにはなるほどなと思った。だけど、近代的な考え方というものを全部捨て去ることもできない、だから近代というものをもういっぺんちゃんと受け継ごうというスタンスでもある。私の経歴でいうと前川(國男)さんのオーソドキシーというべき近代主義、そういうものを踏まえながら伝統的なものとどう結びつけていくか、ということです。例えば、上野の西洋美術館をやっているときに坂倉(準三)さんがコルビュジェに「型枠の板の幅はどうしますか」と訊いた時に、コルビュジェは「一番使いやすくて安いものでいい」と答えたという。日本ならば60センチにするか90センチにするかでデザインを議論するが、そんなことは問題にしない。サヴォワ邸なんか、全部既製のサッシだといいます。ベースは近代的な考え方をしながらきちんと伝統を考えるということですね。

 

平良 伝統技術の継承にはいろんな流れがあるし、状況の違いによって差異が出てくる。私はそれを、多様性として肯定したほうがいいと思う。変な競争心を起こして、俺とはちがうんだということを言い出すと、文化の多様性を否定することになりかねない。今日の結論を持っていくとすれば、そこだね。そしてやはりコミュニティというか地域がその可能性、方向づけを決定していく、という藤本さんの意見に安藤さんも異論はないと思うんだけど……。

 

安藤 藤本さんの世代がモダニズムの申し子であり、またそれを超えようとされている点も作品に現われていると思います。近代の流れの中に足を置きながら、もう一歩をどこに置くか、ということなのではないでしょうか。

そこが私と違う点で、私はモダニズムの洗礼はまったく受けていない、こだわりもない。肩肘張ることもないです。私は伝統からスタートしたということはなく、バナキュラーという言葉ですね。ルドフスキーの『建築家なしの建築』という本が出されたのが大学卒業時でしたから……。

 

平良 私がその本を出版した世代なんですよ。(笑)

私は藤本さんの民家型構法に最初惚れ込んだのは、第一号の「下石神井の家」ですが、あの建物はとにかくモダンなんです。近代的でありながらその背後に田中棟梁がいて伝統構法が生かされている。その印象がとても強かった。安藤さんが言うように、そこで近代の魅力を再発見しました。私の中にもモダニズムが宿っているということですね。一方、安藤さんの「板倉の家」の魅力は、近代とは別の方向性を求める欲望がでてきている。お二人の方向性が違っていても根底は様々なことが共存しています。それも多様性の一つではないでしょうか。発想的にも同じ流れの中で多様な手法と作法の違いが共存している社会だということを建築家たちも競い争わず、認識しなくてはならないだろう。

このように今後民家型構法がもっと太い流れになっていけばいいと感じています。ハウスメーカーにどっぷりと浸かっている人の方向を是正するためにも、もう少し気持ちが通じ合う建築家同士が結集し普及活動をする必要があるのではないでしょうか。

 

藤本 安藤さんやわれわれがやっていることを、もっと一般のユーザーに届くにはどうしたらよいのかそれが一番悩んでいるところですが……。それをきちんとやっていくには、「地域」というものを拠点にしなければうまくいかないのではないかと思っています。山口県では、地元の建築士会の人が集まって「木造塾」というものを立上げていますが、同じ地域に住みながらも普段なかなか顔を合わせることのない大工や林業家、建築家がその塾で学び、住宅づくりのネットワークができつつあります。そのように地域を基盤にすると以外とでき易いのではないでしょうか。

みなさんにもこの塾に来ているように、きっかけづくりを是非やってほしいと思っています。そこで仲間を増やしてハウスメーカーとは違った自然素材の家づくりをする集団がいることを、ユーザー側に響くような訴え方をしてほしいと思います。

 

平良 会場のみなさんの意見も講師の方にぶつけて欲しいですね。

 


★斉藤一雄(埼玉県・工務店勤務)

現在ではプレカットが多いが、それだけでは大工がつぶれてしまう。継手・仕口の問題をどう解決したら良いのか。職人側の立場から伝統としての住宅をどう残していったらいいのでしょうか。

 

安藤 プレカットはある程度使ったら良いと思います。板倉の家も、すべてが手仕事と見られがちですが、手かんなをかけずにプレーナー加工(かんな仕上)してあります。大工がする仕事は最後にとっておけばいいんですよ。一つは、墨付け。二つ目は金輪継ぎと追掛け大栓継ぎなどの継手・仕口をつくること。そして、丸太の加工。その三つが板倉の家の代表的な大工の仕事。そういった大工の技量の見せ所を作っていかないと今後日本の木造が発展する芽をなくしてしまう恐れがあるのです。その仕事の中で大工自らが新しい構法や形を生み出してくれると願っています。

 

藤本 岐阜県にある製材品加工工場では大工が管理するプレカット工場なのでその場でハンドカットも同時に加工できる。生産力があるので、できれば県に1工場あればいいと思っています。川上から上の品質管理を一環してその工場だけでできる。民家型構法を量的に対応していく場合、設計者はその工場を信頼して管理を委託でき、情報を流せるのです。その川上と川下の一体化を結ぶ要になってくるだろう。それが職人の技術や木材の流通の問題などの鍵を握っていると思います。

 

★大場隆博(宮城県・くりこま杉共同組合)〜山の立場から〜

くりこま山という材料を製材をしている くりこま杉共同組合です。くりこま山は広葉樹が主体で、戦後全て植林された木です。現在、50〜60年目の木になりましたが、手入れがされていない為、あまりよろしい材ではありません。そういった材をいかに使ってもらえるか……。最近では、木材を乾燥機によって燻煙させた商品をつくっています。日本の木材はコスト面でも製材して卸しただけでは外国材には勝てません。工務店の方などにいろいろな知恵をいただいて外材に負けない独自の商品開発に全力をつくしています。山の活性化の為には樹齢40〜60年の木を使っていかなければ、間伐の処理も進まない。事実、この年代の山が一番荒れています。我々山側もみなさんに使ってもらえるような商品を作っていきますので是非そういった材が使われるような住宅建築を町側も山側も一緒になってつくる、日本の山を守るネットワークを展開していきたいと思っています。

 

★塾生・千葉弘幸(工務店)

民家型構法で国産材を使われていらっしゃますが、国産材を使うと価格が高いというイメージがあります。本当に高いのか、また、山との対話、つまりどのように国産材を使っていったらよいのかについての考えを聞かせて下さい。

 

藤本 外材を使ったら見積上は安いのかもしれません。しかし私は、国産材には外材にない付加価値があるということを施主に話し、納得していただいた上で使っています。

公営住宅などは非常に安価で作らなければならない住宅です。そういう場合、私はきちんと「木拾い帳」を業者に送って、こういう製品がいくらで欲しい、ということを伝えます。私たちはいくつかの場所にそれを送って選択するわけです。ですからそれに対して業者は、今の時期だったらこういう材がいくら位で出せるということをきちんと出してきます。そうすると、そんなに高くはならない。私が問題だと感じるのは、設計者と山で材を出す人との情報交換ができていないことです。それができれば安くできるのです。特に設計者側がそういった方法を持っていないんです。例えば私は杉の一等材を何本というふうに依頼するのではなく、「木拾い帳」に添付するリストとして、どこに使う材であるかを明確に伝えます。解っているところはきちんとそれなりの値段が出てきます。そういった事を設計者が技術としてもたなければならない。生産者ともっと直結するように、方法を変えていかなければならない。そこまで設計者がきちんとやれば、競争原理も働きコストダウンを図れる訳です。

 

平良 つまり流通に乗るのではなく、市場に従うのではなく、生産者と設計者が直結すれば、必ずしも国産材は高くはならない、ということですね。安藤さんはいかがでしょうか。

 

建築家は山に分け入れ

 

安藤 業者に見積りをとって注文すれば、必ず外材が安いですし、いつでも安定した量があります。国産材は時価みたいなものですね。その時によって、量も値段も様々です。だから、どちらが高いか安いかとは一概には言えません。時価が安いときもあれば高いときもある。時価の安い時に買って使うのが知恵だし、それは設計の技術だと思います。その技術を持つために建築家が山に分け入るんです。情報がまちの建築家には無いんですよ。安い時期、安い材料がなんなのか。安いという事は、その時期その材がたくさんあるということなんです。そういうことをきちんと理解すれば、必要な材種が時価の安いときに入手できるようになる。それが国産材を使うときの技術です。買う側にそういったノウハウが身につけば、今度は生産者側にもそれに合わせたシステムが出来上がっていくはずです。しかし、ここ30年の間に外材が流通して、時価を上手く利用する方法が失われてしまったのです。多くの建築家が山に分け入るようになりそういったシステムを目指すべきだと思います。そうすれば、日本の住宅に合った長さや太さの材料が日本の山から安定して供給する時代がくるはずです。

私は10年先にこのシステムが再編されなければピンチだと思います。というのは、大工さんがもたないなあと思うからです。今一緒にやれる大工さんが60歳になっています。その下の世代はもう日本の大工の技術がないんです。両世代が一緒に仕事をしている間に国産材が供給されれば、技術と国産材の使い方とが共に継承されるはずです。その二つが重なるタイミングはこの10年の間にあるのではないかと思います。それを逃すと、あとは外材を使った、つまり料理でいうと切り身しか食べられない文化しか残らないと思います。今日来ていただいている方で、何か感じるところがあれば、ぜひ何か取り組んで欲しいと思います。

 

平良 お二人の話から結論はでているように思います。市場に依存していては勝てませんね。今努力すべきは、生産から販売、設計、施工を一つにまとめたサイクルを地域社会の中に作っていくことだと思います。市場の悪い影響を受けずに完結するシステムを作るべきです。言葉で言うのは簡単ですが、実際そのシステムを作るためにはすごいエネルギーが必要です。安藤さんは10年だっていいますが、その間にどうしたら良いですか。その間に地域ごとに小さくてもいいから、循環系を作って行くべきだと思いますね。 やはり協同して考えて一歩を踏み出さなければと思います。

 

藤本 先ほどくりこま杉協同組合方が40〜60年ものの木を使っていかなければ、というお話がありましたね。田中文男さんも同じようにおっしゃっていました。5寸角(50年製)のものを使って、つまり早く使ってあげないと山がもたないと思うんです。5寸角の材である程度もつような設計をしてあげると山も助かるのではないかと思う。山側と対話をして、今だったらこういう材をこのくらいだせば最も合理的だというのがあれば、そういった設計をやればいいんです。あらゆる情報を設計に反映して、価格的にも質的にもいいものを供給することができるようになる。地域でネットワークを作ることが大切で、その鍵は最終的には信頼関係を作ることです。例えば、一等材といっても良し悪しがある。それは設計者と山側がお互いに信頼しあって埋めていくしかない。どの材をどこに使うかを互いによく理解すること、例えば図面を付けて注文するとか。そうすると押入にはこの材でいいし、床はこの材でいいというふうに合理的に選木してくれる。そこまですると良いものができる。そうやって地域に信頼できる仲間を増やしていくことです。

 

安藤 もう一つ住む人の問題もある。日本では歴史的に住人は木の家を好んできたが、それがなくなってきている。住む人も山に行き、日本の国土を知り、自分の家がどんな材でどうやってできるのかを知ることがはとても大切な要素です。そしてこのことが、設計や施工の段階で最も大切な作業だと思います。設計者が建主と共に山に行くことで日本は変わると私は思います。山を訪ねて 山を見る事により、ものすごい情報を体感できる、何かを感じることができると思います。これは私の体験的な意見です。家づくりはそういったチャンスを含んでいるんだということを最後に付け加えておきたいと思います。

 

平良 日本を変えるには木で家をつくるということが一つの結論でしょう。それがこの10年でできるように、明日から皆さん頑張りましょう。

 

 


 

塾生の感想より

 

マクロな視点で考えた時に、次世代の建築材料として木(もく)を選ぶというのは正しいのか?

この塾でずっと疑問だったのですが、安藤先生の「まず山に入ってみること」の一言でふっきれました。

沖縄では難しい面もありますが、もう一度真剣に考えてみます。 【沖縄・上江田常実】

 

これからの建築に関わる人たちの進む方向。日本の建築、住宅の方向性を考えさせられました。私は、ハウスメーカーに勤めていますが、私の会社だけかもしれませんが、建築、住宅を本当に考えているのかと思う人々が「すばらしいですよ。うちの製品は。」と家を売っています。本来、家は製品でもなく売るということでもないと思うのですが……・そんなメーカーが支持されている日本の建築に対する意識のなさを改善してこそ先へ進めるのだと思いました。そのためには、やるべきことがまだまだたくさんあるのだと感じました。【東京都・彦坂綾乃】

 

日本の住環境に対して、疑問を抱き民家型の構法を取り入れながら建築をなさっている方々の講演は様々なところに熱意とご苦労が感じられました。どうにかして伝統的な日本の建築を残していきたという取り組みの一端を知ることができて有意義でした。

森林学科で日本の森について学ぶ者として、建築をする方々にやはり山についてもっと知ってほしいという思いが強くあります。安藤先生がもっと山に入ろうという意見を言われていたことにこれからの可能性の広がりを感じました。【猪狩美保子】

 

民家型構法で住宅をつくることは単に「建築」という中には収まりきらず、山の問題、環境の問題へと果てしなく拡がっていく。山を育てる人、木を製材する人、木を刻む人、設計する人、そしてユーザー川上から川下までを一つの流れとして促えていかなければ木造の未来はないと感じた。 【東京都・林美湖】

 

民家型構法の伝承ということについて、安藤さんの木による空間の質を重視した姿勢、藤本さんの構法を流通システムにのせ、より一般化することの方に重点をおく姿勢、どちらも共通して重要なのは、生産者や施工者(大工)といった、現場での建築の担い手と設計者との関係なのだと実感した。

現場での担い手は設計者の下請けなのではなく、設計者を含めた3者でのコラボレーションでなくてはならないのだと思った。

私はまだ学生で設計なら設計、構造なら構造と門切り型で教育を受け、そこでは施工者と設計者のコラボレーション、ということを感じる機会はほとんどない。

先生の中には、技能の存在を重視なさっている先生もおられるが、学生にはその意義は一般的に薄いだろう。教育も変えていく必要もあるのではないか。【埼玉県・宮下雪絵】


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